漆(うるし)の美

 東アジアに生息する漆の木から採れる樹液である漆は、完全硬化すると、美しい色艶を持ち、酸、アルカリにも強い丈夫な塗膜を作ります。「うるわし」「うるおい」が語源と言われている漆は、古代から塗料や接着剤として用いられ、日本の風土や、日本人の心情に適合して、さまざまな技法や表現が発達してきました。
 縄文時代の遺跡から出土された、弓や櫛、土器にも、漆が塗られた痕跡があります。奈良時代には、仏像や仏具にも使われ、平安時代に入ると、家具、調度、食器にと、範囲も広がり、螺鈿、蒔絵などの加飾技術の基盤が成立します。武士が、権力を持った鎌倉時代には、馬の鞍などの武具にも用いられるようになりました。
 室町、戦国の世を経て、安土桃山時代には、漆工従事者数が、最高であったといわれ、大航海時代とともに、たくさんの漆工芸品が西洋にも輸出され、陶磁器の「チャイナ」に対し、「ジャパン」と呼ばれて、珍重されます。又、茶の湯の成立に伴って、茶道具としての位置も占めるようになります。
 江戸時代には、刀の鞘や印籠に施され、細工も緻密になり、当時の武士のステイタスシンボルであったともいえます。漆工芸の伝統は、明治、大正、昭和へと引き継がれていきますが、第二次世界大戦以後、プラスチックの台頭や生活環境の変化などによって、すこしずつ衰退していくことになります。
 しかし、近年、再び漆の良さが見直され、伝統工芸への思慕もあってか、愛好者も増えてきています。漆の採取量の減少、材料や用具の不足、制作に要する手間と採算の問題、生活スタイルの変化や漆かぶれへの対策など、現代の漆工芸を取り巻く環境は、決して楽観視できませんが、食器や家具などに、漆を、これほど多く使用している国は、世界でも稀であり、海外に誇れる東洋の文化のひとつとして、次世代へも伝えていきたいものです。


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